6月17日 「国際CDKL5デー」に込められた願い
- 運営 ジョーダン・ランゲン

- 6月17日
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こんにちは!らぶはんず副会長のジョーダン・ランゲンです。
毎年6月17日は、世界中の家族にとって特別な「国際CDKL5デー」です。
なぜ6月17日なのか。CDKL5デーはどのように始まったのか。そう思われる方も多いかもしれません。
その始まりは、オーストラリアに生まれたひとりの男の子、グリン・ボルトウッド(Glyn Boltwood)君です。
グリン君は1986年に生まれ、幼い頃からてんかん発作を繰り返していました。しかし当時は、彼の病気が何なのか誰にも分かりませんでした。家族は長い間、原因を探し続けましたが、診断にたどり着くことはできませんでした。
そして1997年6月17日、グリン君は11歳でこの世を去りました。
それでも、母親のレイタさんは諦めませんでした。息子のDNAサンプルを大切に保管し、「なぜこの病気が起こったのか」を知りたいという思いを持ち続けました。
その後2004年、オーストラリアの研究者たちによって、グリン君のDNAに現在「CDKL5」と呼ばれている遺伝子の変異が見つかりました。この発見は、CDKL5欠損症が独立した疾患として認識される大きなきっかけとなり、今日まで続く研究の出発点となりました。
こうしたグリン君とご家族の歩みを忘れないために、グリン君が亡くなった6月17日は「国際CDKL5デー」となりました。
また、6月全体がCDKL5啓発月間として定められています。この期間には、家族が自身の経験を発信したり、イベントを開催したり、医師や研究者と交流したりしながら、CDKL5という希少疾患について広く知ってもらう活動が行われています。
CDKL5デーの始まりを知るたびに、私はグリン君のご家族に感謝の気持ちを抱きます。どんなにつらい状況でも答えを探し続けてくれたからこそ、今の研究があり、私たち家族には希望があります。
たった一人の男の子が私たちに大きな影響をもたらしたように、数は決して多くない日本の患者も、社会や世界に大きな影響を与え得ると私は信じています。
CDKL5はまだ日本では広く知られている病気ではありません。診断にたどり着くまでに長い時間がかかったり、同じ病気の家族と出会えず孤独を感じたりすることもあります。
だからこそ、私たち日本の家族にとっても、この啓発月間には大きな意味があります。
CDKL5について知ってもらうこと。家族同士がつながり、CDKL5とともに生きる子どもたちの毎日を、少しでも多くの人に理解してもらうこと。
私たちの娘、由芽も、その世界中のコミュニティのひとりです。
グリン君がつないでくれたバトンを、私たちの世代が受け取り、そして次の子どもたちへつないでいく。
そんな思いで、今年もCDKL5デーを迎えたいと思います。

昨年のCDKL5デーには、私の故郷であるアメリカ・ミネソタ州で4家族が集まりました。
由芽を応援しようと、私の家族もほぼ全員が駆けつけてくれました!





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